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取締役の退職慰労金請求

取締役退任後、会社による退職慰労金の不支給につき争われることがあります。

退職慰労金請求権発生の要件

取締役に対する退職慰労金(弔慰金を含む)は、在職中における職務執行の対価として支給されるものであり、会社法361条1項の「その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益」に該当します(最高裁昭和39年12月11日判決・民集18巻10号2143頁、最高裁昭和44年10月28日判決・判例時報577号92頁、最高裁昭和48年11月26日判決・判例時報722号94頁)。

したがって、定款または株主総会決議によって金額が決められて初めて、会社に対する具体的な退職慰労金請求権が発生します。

退職慰労金不支給への対応

定款・株主総会決議による額の決定がない限り退任取締役は退職慰労金の支給を受けられないとすると、中小企業においてオーナー取締役と仲たがいする形で退任した者には、退職慰労金の支払いを受けられない事態が生じ得ます。

そこで、いろいろな法律構成により退職慰労金もしくは退職慰労金相当額の請求が可能か否か争われています。

正義・衡平の観念により認められたもの

大阪地裁昭和46年3月29日判決・判例タイムズ266号262頁

株式会社の実質が全く個人企業と認められる場合に、会社と取締役との間に締結された当該取締役に対する退職慰労金等支給契約につき、取締役会の承認とか株主総会の決議がないことを理由として、これを無効であると主張することは、同会社の実態に即さず、商法の趣旨および正義、衡平の観念に照らし許されないものと解するのが相当であるとされました。

従業員部分の退職金の支払が認められたもの

千葉地裁平成元年6月30日判決・判例時報1326号50頁

従業員兼務取締役の退職金請求につき、従業員部分にあたる退職金を特定して支払が命じられました。

株主総会決議がある場合

東京地裁平成元年11月13日判決・金融商事判例849号23頁

死亡により退任した代表取締役に対し、役員退任慰労金規定に従って退任慰労金を支給し、その具体的金額、支給期日、方法等を取締役会に一任する旨の株主総会決議がされた場合において、規定によれば総会決議直後の取締役会でこれらを決定することとされているにもかかわらず、退任取締役の相続に関し遺族と後任代表取締役との間に生じた紛争の対抗手段として、取締役会が1年8か月決定を引き延ばし、かつ、対抗手段とするとの意図を最も重要な動機として、規定上特別減額事由とされていない理由をも挙げて、本来の退任慰労金の額を50パーセント減額したときは、会社は、これによって遺族の被った損害につき損害賠償責任を負うとされました。

東京地裁平成6年12月20日判決・判例タイムズ893号260頁

株主総会が代表取締役を退任した者に対し退任慰労金を支給することとし、その具体的金額、時期、方法等の決定を取締役会に一任した場合において、取締役会が何ら合理的な理由がなく長期にわたりこれを決定せず放置した場合、取締役会の構成員である取締役らには、任務懈怠があるとして損害賠償責任を負うとされました。

大阪高裁平成16年2月12日判決・金融商事判例1190号38頁

取締役の退職慰労金の支給に関する会社の内規があっても、株主総会において退職慰労金の支給金額等を具体的に決議した場合には、取締役は、会社に対して同内規に基づき退職慰労金を請求する権利が認められず、代表取締役が、同内規に従った退職慰労金の支給に関する議案を株主総会に提出するための取締役会を招集したり、取締役会において同決議案を提案しなかったとしても、退職取締役に対して損害賠償責任を負うものではないとされました。

東京地裁平成19年10月31日判決・金融商事判例1281号64頁

株主総会における退任取締役等に対する退職慰労金贈呈に関する決議について、代表取締役である議長が、会社の業績が悪化し、従業員および役員への賞与も支払えず、利益配当もされない状況でも、なお退任役員らの長年の労に報いるために退職慰労金を支給したい旨の説明をした場合、同社の取締役らが説明義務に違反した違法はないとして、株主総会決議取消請求は棄却されました。

東京高裁平成20年9月24日判決・判例タイムズ1294号154頁

株主総会決議により当該取締役に対する退職慰労金の基本的部分は退職慰労金内規にしたがって確定しており、同決議により取締役会の判断に委ねられたのは上積みの功労加算をするかどうかと内規により総会決議後1か月以内に支払うとされているのを当該取締役と協議のうえ会社の業績等に照らして変更するかどうかの点にあって、1か月以内に協議、変更がされない限り、支払時期は総会決議後1か月以内で確定するとし、その後の臨時株主総会により上記決議を一方的に撤回することはできないとされました。

取締役会による減額・不当条件

京都地裁平成2年6月7日判決・判例タイムズ746号196頁

株主総会で役員の退職慰労金の支給額等について一任され決定した取締役会の付した支給条件が不当であるとして、取締役会を構成する取締役らに善管義務・忠実義務違反による損害賠償義務が認められました。

東京地裁平成10年2月10日判決・判例タイムズ1008号242頁

役員の退職慰労金規定より低額の退職慰労金を支給する旨の取締役会決議について会社の不法行為責任が認められました。

最高裁平成22年3月16日判決・判例タイムズ1323号114頁

株主総会の決議を経て、役員に対する退職慰労金の算定基準等を定める会社の内規に従い支給されることとなった退職慰労年金について、退任取締役相互間の公平を図るため集団的、画一的な処理が制度上要請されているという理由のみから、上記内規の廃止の効力をすでに退任した取締役に及ぼし、その同意なく未支給の退職慰労年金債権を失わせることはできないとされました。

株主総会決議がない場合

東京高裁平成15年2月24日判決・金融商事判例1167号33頁

取締役に対する報酬を株主総会の決議によらしめた趣旨は、取締役ないし取締役会のいわゆるお手盛りの弊害を防止して株主の利益を保護することにあるから、違法であっても事実上株主の了解を得て慣行とされてきた手続を経て、退任した役員への退職金支給決定がされ、それによって、実質的に株主の利益が害されないなどの特段の事情が認められる場合には、会社が、株主総会の支給決議が欠缺していることを理由に退職金の支払いを拒むことは信義則上許されないとされました。

佐賀地裁平成23年1月20日判決・判例タイムズ1378号190頁

過半数を超える支配的な株主として退職慰労金支給決議を実質的に決定することができる立場にあった者が、みずから内規のとおり退職慰労金を支給する旨を説明したにもかかわらず、故意又は過失によって過半数を超える支配的な立場を利用して不支給決議を主導した場合には、相当といえる特段の事情が認められない限り、退任取締役に対して不法行為責任を負うとされました。

東京地裁平成27年7月21日判決・金融商事判例1476号48頁

退任した取締役・監査役が会社および同社の代表取締役に対し会社との間に退職慰労金を株主総会の決議を経て支給する旨の合意が成立していたのに同社が当該合意を履行しないと主張して債務不履行ないし不法行為に基づき退職慰労金相当額の損害賠償を求めた請求につき、会社において内規に基づき退任した役員に対して退職慰労金の支給をする旨の慣行があったため、当該慣行に基づき取締役会で退職慰労金支給議案を株主総会に上程する決議がされたからといって、同議案の上程は撤回されていて、同決議によって両者の間に退職慰労金の支給合意が成立したと解すべき事情を認めることができない事実関係のもとにおいては、会社の取締役ないし監査役については、定款または株主総会の決議によって、報酬の金額が定められなければ、具体的な報酬請求権は発生しないので、取締役が会社に対し報酬を請求することはできないところ、この理は、内規で退職慰労金の支給基準が定められ、これまで退職慰労金の支給がされてきた慣行がある場合であっても、同様であるだけでなく、同議案の上程を撤回したことが違法であるとも認められない以上、損害賠償請求は理由がないとされました。

東京地裁平成30年2月20日判決・判例タイムズ1458号217頁

退任した監査役が、①当時の代表取締役には同監査役に退職慰労金を支給する旨の議案を株主総会に提出する義務があるにもかかわらず、または、②当時の代表取締役が同議案を株主総会に提出しないことが信義則違反ないし権利濫用に当たるにもかかわらず、当時の代表取締役が故意又は過失により同議案を削除し、株主総会に提案しなかったことが不法行為にあたるとして会社と当時の代表取締役であった者に対する損害賠償請求が棄却されました。