元従業員の競合会社設立は許されるか?
Q 退社した元従業員が新たに会社を設立して、当社と競合する事業活動を始めていますが、これは許されるのですか? |
A 従業員の退職後の競業は原則として自由と考えられていますが、就業規則や個別の合意により競業避止義務が定められている場合、その有効性が問題となります。また、一般論として、元従業員等の競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で元雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合には、その行為は元雇用者に対する不法行為に当たるとされていますが、争いの多いところです。
多くの企業では、在職中または退職後の従業員が会社と競合する事業活動を差し控えるべきことを就業規則などで明記しています。
競合については、従業員が、在職中または退職後に、①競合他社を設立する、②競合他社に転職する、③個人で競業する、などを行う場合に問題となっています。
在職中の競業行為
役員の競業避止義務については、会社法356条1項1号において規定されていますが、従業員の競業避止義務については法令上の規定はありません。
しかし、在職中の従業員は、個別の労働契約や就業規則の規定で競業避止義務が定められていなくても、労働契約に付随する誠実義務(労働契約法3条4項)の一環として、当然に競業避止義務を負うものと解されています。
退職後の競業行為
従業員の退職後の競業は原則として自由と考えられていますが、就業規則や個別の合意により競業避止義務が定められていることもあります。
このような規則や合意は当然に無効ではなく、次のような要素が総合考慮されて有効・無効が判断されます。
- 守るべき企業の利益の有無・程度
- 従業員の地位
- 地域的な限定の有無・程度
- 競業避止義務の存続期間
- 禁止される行為の範囲の制限の有無・内容
- 代償措置の有無・内容
競業が不法行為になる場合
退職後の競業避止義務に関する就業規則や個別の合意がない場合でも、職業選択の自由や自由競争の原理を逸脱する競業が行われたときは、使用者に対する不法行為が成立する余地があります。
すなわち、最判平成22・3・25民集64巻2号562頁(三佳テック事件)は、原審の「元従業員等の競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で元雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合には、その行為は元雇用者に対する不法行為に当たるというべきである。」との判断を是認しているのです。
ただし、同最判は次のように述べて、不法行為を認めた原審を取り消し、会社の元従業員に対する損害賠償請求を棄却しています。
記
前記事実関係等によれば、上告人Y1は、退職のあいさつの際などに本件取引先の一部に対して独立後の受注希望を伝える程度のことはしているものの、本件取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用することを超えて、被上告人の営業秘密に係る情報を用いたり、被上告人の信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったことは認められない。また、本件取引先のうち3社との取引は退職から5か月ほど経過した後に始まったものであるし、退職直後から取引が始まったAについては、前記のとおり被上告人が営業に消極的な面もあったものであり、被上告人と本件取引先との自由な取引が本件競業行為によって阻害されたという事情はうかがわれず、上告人らにおいて、上告人Y1らの退職直後に被上告人の営業が弱体化した状況を殊更利用したともいい難い。さらに、代表取締役就任等の登記手続の時期が遅くなったことをもって、隠ぺい工作ということは困難であるばかりでなく、退職者は競業行為を行うことについて元の勤務先に開示する義務を当然に負うものではないから、上告人Y1らが本件競業行為を被上告人側に告げなかったからといって、本件競業行為を違法と評価すべき事由ということはできない。上告人らが、他に不正な手段を講じたとまで評価し得るような事情があるともうかがわれない。
以上の諸事情を総合すれば、本件競業行為は、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできず、被上告人に対する不法行為に当たらないというべきである。なお、前記事実関係等の下では、上告人らに信義則上の競業避止義務違反があるともいえない。
(弁護士 井上元)
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