清算条項の解釈
Q 和解(調停)条項に「その余の債権債務なし」との清算条項が入っています。別に貸金があるので、相手方に貸金返還を請求したいのですが、可能でしょうか? |
A 別に存した貸金も含めて清算の対象としたのか否かによります。
和解や調停が成立する際、和解(調停)条項が記載された和解(調停)調書が作成されます。和解(調停)条項に「その余の債権債務は一切ない」との清算条項が入れられることも多く、その場合、別に存した請求権も清算条項の対象になるのか否かの争いが生じることもあり得ます。
東京高判昭和60・7・31判時1177号60頁は、このような紛争について判断しており参考となりますのでご紹介します。
東京高判昭和60・7・31判時1177号60頁
事案の概要
⑴ XとYはもと夫婦であり、離婚後の紛争調整事件において、調停が成立し、調停条項には次の記載がありました。
- Xとの共有にかかる土地、建物に対するYの持分をXに譲渡し、第三者の抵当権設定登記を抹消の上その持分移転登記手続をすることを約し、Xが、Yに対し、譲渡代金を調停成立の日に調停委員会の席上で支払って、その授受を了した旨
- Yが、親権者変更事件および共有物分割請求事件を取り下げ、Xが訴の取下に同意する旨
- 最後に第5項で「当事者双方は、以上をもって離婚及び共有物に関する紛争の一切を解決したものとし、本条項に定めるほか、その余に債権、債務の存在しないことを確認する。」旨
⑵ その後、XがYに対し、貸金返還請求訴訟を提起したところ、Yは、上記調停においてY、X間相互に債権債務ないことが確認され、調停調書は確定判決と同一の効力を有するから、Xは本件貸金の請求をすることができないと主張しました。
⑶ 原審がXの請求を棄却したため、Xが控訴しました。
高裁判決
高裁は、次のように述べて、原審を取り消し、Xの請求を認めました。
「調停の対象は、専ら離婚後における親権者変更及び共有物分割の点に限られ、かかる事項につき、右調停調書に記載するところをもって最終的な解決とし、他に何らの債権債務のないことを確認したのが右第5項の記載であると解するのが相当である。そして、本件貸金債権に基づく請求は右調停条項に包含されていないと認めるべきであるから、調停調書第5項は、本件貸金債権に基づく請求には何ら影響を及ぼすものではないというべきである。」
注意点
Xは高裁判決で救われましたが、調停の際、①XはYから交付された借用証を自らは所持していなかったこと、②Xは家庭裁判所調査官に対し本件貸金債権があることを話したが、地方裁判所に裁判を起こさなければならないと言われたため、同調停事件においてそれ以上の話をせず、代理人弁護士がX不出頭のまま調停を成立させたこと、等の事情がありました。
和解や調停が成立する際、「X及びYは、XとYとの間には、本和解(調停)条項に定めたもののほか、何らの債権債務のないことを相互に確認する。」との清算条項を入れることがありますが、上記のような貸金債権の有無まで清算情報の対象となるのか否かは、和解(調停)成立の際において、当事者がどのように認識していたかによることになると思われます。
上記裁判例のような紛争を避けるため、このような清算条項を入れるのであれば、他の権利義務も含めて一切を解決する意思があるかどうかを確認することが必要です。
そうでなければ、「X及びYは、XとYとの間には、本件に関し、本和解(調停)条項に定めたもののほか、何らの債権債務のないことを相互に確認する。」のように、「本件に関し」という文言を入れることが実務的には多いと思います。
(弁護士 井上元)
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