債権回収~定期預金の差押

Q 債務者Xが債務者Yの有する銀行Zに対する定期預金債権を差押えた場合、当該定期預金の満期前に取り立てることができるのでしょうか?

A 満期前の取立を否定する裁判例がありますが、異論のあるところです。


 銀行実務において、銀行は、ほとんど例外なく預金者からの期限前払戻請求に応じているのが実情と思われますが、債権者の権利として期限前払戻請求権が存するのかについては争いがあります。これが否定されると、差押債権者が銀行から取り立てるのは満期まで待たなければなりません。

 この点、東京地裁平成20年6月27日判決・金融法務事情1861号59頁は、預金の差押債権者は、取立てに必要な範囲で、預金者が銀行に対して有する一切の権利を行使することができるが、定期預金規定により預金者に期限前払戻請求権が認められない以上、差押債権者も銀行に対して期限前解約請求により預金の払戻しを請求できないと判断しています。

 これに対し、牧山市治「定期預金の期限前中途解約による払戻請求権の有無」金融法務事情1861号20頁では、「本件のように、差押債権者が預金の期限前解約請求をした場合には、銀行の規約にいう『やむを得ない事由』の存在はいかように解すべきかの問題がある。差押えの場合、預金者はこの預金を使用することはできないが、預金による支払の必要性という観点からすると、『やむを得ない事由』には該当することになるのではなかろうか。」と指摘されています(同25頁)。

 尚、民法662条1項では「当事者が寄託物の返還の時期を定めたときであっても、寄託者は、いつでもその返還を請求することができる。」と規定されていますが、満期前の払戻請求に応じるかどうかを銀行の任意事項とする旨の特約も有効と解されています(新版注釈民法⒃351頁以下)。

 上記のように満期前の定期預金差押えによる取立には争いがあることにご留意いただければと思います。

東京地判平成20・6・27金融法務事情1861号59頁

1 原告の取立権について

 原告が、取立権を有する差押債権者として、自己の名をもって、第3債務者である被告に対し、被差押債権である本件定期預金について、取立に必要な範囲で、債務者であるAが被告に対して有する一切の権利を行使できることは、当事者間で争いがない。

2 本件定期預金について

 本件定期預金の利率は、年0.350パーセントと普通預金等の利率より高率に定められているところ、本件預金規定によれば、本件定期預金は、預金者から満期日における払戻請求がされない限り、当事者の何らの行為を要せずに、満期日において払い戻すべき元金又は元利金について、前回と同一の預入期間の定期預金契約として継続させることを内容とするもので、預金者は、満期日から満期日までの間は、解約申し入れをして任意に預金払戻請求権を行使することはできず、継続停止の申し出をすることにより、その後に最初に到来する満期日より後の満期日にかかる弁済期の定めを一方的に排除し、最初に到来する当該満期日に預金の払戻しを請求することができる預金であると解するのが相当である。そして、このような預金者が満期までは払戻請求できない期限付預金は、金融機関にとっては、その預け入れられた預金につき、契約期間中は支払準備の必要がなく安定的資金として自由に運用ができる一方、預金者にとっては相場の変動等による元本の減少がなく利息も有利であることから最も安全・有利な貯蓄方法であるという経済的機能を有していることにかんがみれば、本件預金規定には、合理性があるというべきである。

 したがって、原告は、本件預金規定により、本件定期預金につき、期限前払戻請求権を有していないというベきである。

3 商慣習の存在について

 原告は、銀行には、本件のような定期預金につき、預金者からの期限前払戻請求に応じる義務が商慣習上存在すると主張し、その根拠として、昭和41年、10月4日最高裁判所判決の判示内容、来栖三郎教授の学説及び原告訴訟代理人の調査報告書を挙げる。

 しかし、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、一般社会人は定期預金とは原則として満期まで解約できない預金と受け止めていること、銀行員一般に対しても定期預金は満期日以降に解約に応じるのが原則であることを前提とした行員教育が行われていることが認められ、これらの事実、昭和41年10月4日最高裁判所判決は原告主張の商慣習につき判断していないこと(なお、原告が引用する判示は、上記最高裁判所判決の判示ではなく、第1審である新潟地方裁判所昭和33(ワ)365号事件同庁昭和34年11月26日判決のものである。)に照らせば、原告が挙げる証拠をもってしても、原告主張の商慣習の存在を認めるに足りず、他にこれを認める足りる的確な証拠はない。

 したがって、原告の主張は採用することができない。

4 権利の濫用について

 原告は、原告及びAがした本件定期預金の満期前解約の請求に対して被告が応じないことは権利の濫用である旨主張する。

 しかし、本件全証拠をもってしても、被告又は銀行が定期預金の満期前解約に例外なく応じていることを認めることはできない。また、本件預金規定及び弁論の全趣旨によれば、被告は、スーパー定期預金中の自動継続定期預金につき、預金者からの満期前解約の請求につき、やむを得ない事由によると認めたときは解約に応じていることが認められるところ、原告は、原告及びAがした本件定期預金の満期前解約の請求がどのような事由に基づくものであるかを何ら主張・立証していない。したがって、原告及びAの請求がやむを得ないものであり、それを拒絶した被告の対応が権利の濫用となるのかを検討する余地がない。

 以上、被告が本件定期預金の満期前解約に応じないことが権利の濫用であることを認めることはできないから、原告の主張は、採用することができない。

5 以上によれば、原告主張の商慣習は存在せず、原告及びAは、本件定期預金につき、期限前払戻請求権を有しておらず、被告において、原告及びAがした満期前解約の請求に応じなかったことは権利の濫用と認められないから、原告の請求は失当というべきである。

(弁護士 井上元)

 

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