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法人格否認の法理

株式会社は法人であり、株主と別個の法人格を有しています。しかし、一人会社のように株主と会社との関係が密接なケースでは、両者の法人格の独立性を貫くことが、場合により正義・衡平に反することがあります。その場合に、特定の事案につき会社の法人格の独立性を否定し、会社とその背後の株主を同一視して事案の衡平な解決を図る法理が、「法人格否認の法理」です(最高裁昭和44年2月27日判決・民集23巻2号511頁、江頭憲治郎「株式会社法」第7版41頁)。

法人格否認の法理は、小規模な会社が倒産した際、その実質的一人株主の個人責任を追及する場合などに使われます。

法人格否認の法理が適用される場合

法人格否認の法理は、「法人格が濫用される場合」または「法人格が形骸化している場合」に適用されますが(前記最高裁昭和44年2月27日判決)、これ以外の場合でも認められている場合があります。

法人格の濫用

法人格の濫用とは、法人格が株主により意のままに道具として支配されている(支配の要件)ことに加え、支配者に「違法または不当の目的」(目的の要件)がある場合です(最高裁昭和48年10月26日判決・民集27巻9号1240頁、東京高裁平成24年6月4日判決・判例タイムズ1386号212頁)。

裁判例

大村簡裁昭和47年9月25日判決・判例時報694号109頁

原告有限会社の実態は、有限会社という法的形態をとったAの個人企業の仮像たるにすぎないとして、会社代表者のした債務免除契約の効力を法人格否認の法理により会社に対して援用できるとしました。

最高裁昭和48年10月26日判決・民集27巻9号1240頁

株式会社が、取引の相手方からの債務履行請求手続を誤らせ時間と費用とを浪費させる手段として、旧会社の営業財産をそのまま流用し、商号、代表取締役、営業目的、従業員などが旧会社のそれと同一の新会社を設立したような場合には、形式的には新会社の設立登記がなされていても、新旧両会社の実質は前後同一であり、新会社の設立は旧会社の債務の免脱を目的としてなされた会社制度の濫用であって、このような場合、会社は取引の相手方に対し、信義則上、新旧両会社が別人格であることを主張できず、相手方は新旧両会社のいずれに対しても同債務についてその責任を追及することができるものと解するのが相当であるとされました。

大阪高裁昭和56年2月27日判決・判例タイムズ447号142頁

手形の振出人がその主宰する会社を意のままに支配し、振出人と会社との財産の混同が行われるなど、会社は株式会社といってもまったくの形骸にすぎず、実体は振出人の個人企業であり、会社の法人格が振出人の手形金債務を免れるため濫用されているものと認めるのが相当であるから、手形の所持人は、法人格否認の法理により、会社を振出人と法律上同一体のものとみて手形金の請求をすることができるとされました。

東京地裁平成7年9月7日判決・判例タイムズ918号233頁

被告Aと被告Bは、取締役及び監査役を同族で構成し、営業目的もほぼ同一であって、営業上の屋号、取引先及び従業員関係、什器備品を共通にし、しかも被告Aが倒産のおそれが必至とみられるときに、本件手形債務ほか一部の債務を除く営業を譲渡したことにかんがみれば、同営業譲渡が右の債務の支払いを免れる目的をもってされたものということができ、結局、新会社たる被告Bは、旧会社たる被告Aの債権者に対して別人格であることをもって当該債務を免れることはできないといわねばならないとされました。

大阪地裁堺支部平成18年5月31日判決・判例タイムズ1252号223頁

会社の解散を理由に解雇された子会社の従業員につき、法人格否認の法理を適用して、親会社の指示に基づいて解散会社と同一の事業を営む別会社に労働契約上の責任を認めました。

東京地裁平成27年10月8日判決・判例タイムズ1423号274頁

商号がゴルフ場経営会社と全く同一であり、ゴルフ場のクラブ名とも同一であるうえ、ゴルフ場の所在地を本店所在地とする株式会社について法人格否認の法理を適用し、預託金の返還を求めるゴルフ場の元会員に対し信義則上ゴルフ場経営会社と法人格を異にすることを主張できないとされました。

東京地裁令和元年11月27日判決・判例タイムズ1476号227頁

社会保険労務士が強制執行を免れるために社会保険労務士法人を設立した行為が法人格を濫用したとして、社会保険労務士法人の責任が認められました。

法人格の形骸化

法人とは名ばかりであって、会社が実質的には株主の個人営業である状態、または、子会社が親会社の営業の一部門に過ぎない状態のことを言います。

裁判例の多くは、単に、株主・親会社が会社・子会社を完全に支配しているだけでは法人格の形骸化といえず、①株主総会・取締役会の不開催、株券の違法な不発行等、②業務の混同、③財産の混同など、法人形式無視の諸徴表が積み重なって初めて、法人格の形骸化といえるとしています。

裁判例

水戸地裁昭和53年7月7日判決・判例タイムズ371号158頁

有限会社の実質が個人企業であり法人格は形骸にすぎないとしてその法人格が否定されました。

東京高裁昭和53年8月9日判決・判例時報904号65頁

資本金100万円の有限会社において、資本金は全額代表取締役が出資し、役員としては、当初代表取締役のほかその息子と従業員の2名が取締役であったが、間もなく代表取締役のみが唯一の役員となっており、その本店は初め代表取締役の住居におかれ、その後数坪の貸事務所に移転し、従業員は3名にすぎず、社員総会が開かれたことなく代表取締役の独断専行により経営がされ、代表取締役の生計には会社の売上金が使用され、会社の財産と代表取締役個人の財産の区別が明らかでない等の事実がある場合においては、同会社の法人格は全くの形骸にすぎず、その実体は背後に存在する代表取締役個人にほかならないのであって、会社の債務につき代表取締役個人が支払義務を負うべきであるとされました。

東京高裁平成24年6月4日判決・判例タイムズ1386号212頁

一般論として「法人格の形骸化とは、法人格が全く形骸にすぎない場合をいい、法人とは名ばかりで会社が実質的には株主の個人営業である状態、または、子会社が親会社の営業の一部門に過ぎない状態がその典型であると解される。このような法人格の形骸化の判定のためには、株主が当該法人を実質的に支配していることに加えて、①会社財産と支配株主等の財産の混同(営業所や住所の共有、会計区分の欠如等)、②会社と支配株主等の業務の混同(外見による区分困難、同種事務の遂行等)③株主総会・取締役会の不開催、株券の違法な不発行など会社法、商法等により要求される手続の無視、不遵守といった徴表がみられるかどうかに着目することが相当である。」と述べ、ペーパーカンパニーである複数の外国法人を実質的に支配する貸主がこれらの法人を利用して金銭消費貸借契約を締結し利息制限法違反の利息を取得していた場合において、法人間に財産の混同・業務の混同、会社法・商法等により求められる手続の不遵守等があり、利息制限法を潜脱する不当な目的があったとみられ、法人格の濫用により、借主は実質的な貸主および関与した法人に対し過払金の返還請求をすることができるとされました。

その他

仙台地裁昭和45年3月26日判決・判例タイムズ247号127頁

子会社の解散に伴って解雇された従業員が親会社に対し、両社の関係は法人格否認の法理の適用を受けるとして、解雇前の賃金各1ヶ月分の仮支払を求めた事案において、親会社が子会社の業務財産を一般的に支配しうるに足りる株式を所有し、かつ、子会社の企業活動を現実的統一的に管理支配しているときは、法人格制度の濫用とならない場合でも、子会社の受動的債権者に対し、子会社の債務を常に重量的に引き受けているものと解すべきとして、仮払いを認めました。

津地裁平成7年6月15日判決・判例タイムズ884号193頁

老人ホームCは被告Bの事業として計画され、遂行されたもので、被告Aの設立後はその経営全般にわたってこれを支配してきたものであり、形式的には別法人の事業とされているが、両会社は実質的には損益を共通にした一つの事業体であると評価しうるものであり、対外部との関係ではともかく、特にCの入居者であった原告らに対する関係においては、被告Bは被告Aと共同一体的な会社として、同一の責任を負うべきものと解するのが相当であるとされました。