預金払い戻しが強制執行妨害目的財産損壊等罪になるとした広島高判令和2・1・21

債務者が支払いを命じる判決を受けた後、自分名義の預金から高額の金員の払戻しを受けることに問題はないのでしょうか?

この点、広島高判令和2・1・21裁判所HPは強制執行妨害目的財産損壊等罪(刑法96条の2第1号)の成立を認めています。

バブル崩壊後の案件で、債務者が、預金を隠匿して強制執行を免れようと企てて、高額の払戻しを受けたことが強制執行妨害に該当するとされた裁判例はありますが(東京地判平成10・3・5判タ988号291頁)、最近では珍しい判決と思われますのでご紹介します。

広島高判令和2・1・21

事案の概要

民事訴訟で甲に対し7000万円の損害賠償の支払を命ずる仮執行宣言付きの判決を言い渡された被告人が、被告人名義の2つの普通預金口座から、それぞれ①1500万円(原判示1)、②2回にわたり合計1510万円(原判示2)の払い戻しを受けたところ、強制執行を受けるべき財産を隠匿したという強制執行妨害目的財産損壊等(刑法96条の2第1号)にて刑事事件として起訴された。

高裁判決

強制執行妨害目的財産損壊等罪(刑法96条の2第1号)が成立するとした原審判決を維持した。

「原判示1の1500万円、同2の1510万円(略)の各払戻し行為につき、『隠匿』とは、財産の発見を不能又は困難にするものをいい、預金を払い戻す行為は、債権者にとって、第三債務者である金融機関の認識・管理を介して、その存在が比較的容易に覚知し得る状態にある財産である預金債権を、その所在把握が困難となる現金に変更するものであるから、原判示の各行為は『隠匿』に当たるとした。そして、前記事実関係の下で、被告人は、強制執行を受けるべき財産である預金債権の一部の発見を困難にする意思があったことにほかならず、被告人には刑法96条の2にいう強制執行を妨害する目的があったことは明らかであるとして、本件につき強制執行妨害目的財産損壊等の罪が成立するとした。原判決の上記説示は、その前提とする預金からの払戻しが刑法96条の2第1号の『隠匿』に当たるとする法令解釈に誤りはなく、本件各払戻し行為が同罪に該当するとした事実認定についても、論理則・経験則等に照らし不合理な点はない。」

「所論は、原判示1の1500万円の払戻しにつき、強制競売の対象となった被告人の自宅(土地・建物)を妻が落札するための資金とし、結果的に強制競売を申し立てた甲に配当金が支払われているから、同罪には当たらないと主張する。しかし、原判示1の払戻しについて、『C弁護士に支払う報酬等の裁判費用が払えなくなる上、生活も困ることになり、現金で保管しておく方が差押えを受けることなく安全であるなどと考え』たことによるものであるとする原判決の認定に誤りはなく、その目的が『強制執行を妨害する』ことにあったことは明らかである。仮に、所論がいうような目的が払戻し時点であったとしても、それは、甲が被告人所有の不動産につき申し立てた強制競売において妻名義での落札資金を確保するため、預金の差押えを回避することを意図したことにほかならず、その目的自体正当性はなく、強制執行を妨害する目的に該当することはいうまでもない。」

「また、所論は、原判示2の1510万円のうち、1000万円を甲に対する損害賠償の支払いに充てており、その余の額も、前記弁護士費用や被告人及び家族の生活のためのものであるから、犯罪は成立しない旨を主張する。しかしながら、この1510万円も、『老後の生活費も確保しておきたいから、・・・現金で保管しておく方が差押えを受けることなく安全であるなどと考えた』ことによるものであるとの原判決の認定に誤りはなく、強制執行妨害の目的があったことは明らかである。」

「所論指摘のとおり、甲に対し1000万円を支払っている事実は認められるが、それは、原判示2の払戻しから1年1か月あまり後のことであり、事後的な事情から支払いをしたものであって、それにより、遡って払戻しの目的が正当化されることにはならない。所論がいう生活費の確保という点も、結局は、差押えを回避して自己及び家族のために使える金を確保しておきたいというにすぎず、そのような意図が強制執行妨害の目的に当たることはいうまでもない。更に、民事訴訟の弁護士費用支払いのための資金確保という点も、払戻しの時点で支払額が確定し、期限が到来していたといった事情はうかがわれず、被告人の公判供述によれば、最終的な勝訴を想定して主観的に1000万円程度ではないかと見込んだという程度のものであって、前記払戻しに近接して弁護士に対し支払われた形跡もないのであるから、被告人の前記供述によっても、強制執行妨害の目的の認定は左右されない。」

「また、所論は、退職金は将来の生活資金に充てられるべきものであるから、預金口座に振り込まれた退職金の払戻しをすることが犯罪に当たるとすることは生存権を侵害するものであるとも主張する。確かに、退職金が、勤務先に対する退職金債権にとどまる限りでは、法定の差押禁止の規定が適用されるのに、それが差押え前に被告人名義の預金口座に振り込まれ、預金債権に転化した場合には、同規定が適用されないことになる。しかし、強制執行において、執行裁判所は、申立てにより、債務者及び債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部もしくは一部を取り消すこと等ができるとされている(民事執行法153条1項)。本件のような場合において、債務者(被告人)の生活の保障と債権者の権利実現との調整は、申立てを受けた執行裁判所の差押禁止債権の範囲変更に関する判断によってされるべきものと解される。所論は要するところ、このような法定の手段によらない生活資金の確保を許容せよというものに等しく、採用の限りではない。この点に関し、所論は、本件において刑法96条の2を適用することは、生存権を害し憲法25条に違反するともいうが、原判決も説示するとおり、刑法96条の2の適用により、その生存権を侵害しないことは明らかであるから、所論は前提を欠くものである。」

法令

刑法第96条の2(強制執行妨害目的財産損壊等) 

強制執行を妨害する目的で、次の各号のいずれかに該当する行為をした者は、3年以下の懲役若しくは250万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。情を知って、第三号に規定する譲渡又は権利の設定の相手方となった者も、同様とする。

一 強制執行を受け、若しくは受けるべき財産を隠匿し、損壊し、若しくはその譲渡を仮装し、又は債務の負担を仮装する行為

二 強制執行を受け、又は受けるべき財産について、その現状を改変して、価格を減損し、又は強制執行の費用を増大させる行為

三 金銭執行を受けるべき財産について、無償その他の不利益な条件で、譲渡をし、又は権利の設定をする行為

コメント

上記広島高判令和2・1・21は被告人の弁解をことごとく排斥しており、債務者が日常の生活費を出金するのはともかく、隠匿する目的で多額の出金することは犯罪になる可能性があることを認識する必要があります。

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(弁護士 井上元)