仮差押えは違法だが損害はないとした最高裁平成31年3月7日判決

 紛争の相手方に金員を請求する場合、不動産、預金などを仮差押し、債権の保全を図ることが多々あります。

 しかし、保全の必要性がないにもかかわらず仮差押えを行えば、違法な仮差押えとなり、逆に損害賠償義務を負うこともあります。

 この点につき、最高裁平成31年3月7日判決が判断していますのでご紹介します。

最高裁平成31年3月7日判決

事案の概要

① Yは、日用品雑貨の輸出入及び販売等を目的とする株式会社であり、年間売上高が26億円から57億円程度であり、現金、預金債権及び売掛金債権だけでも16億円余りの資産を有していた。

② Xは、Yに対し、印刷物等の売買契約に基づく代金等の支払を求める訴訟を提起したところ、第一審判決は、平成28年1月、Xの請求を約1300万円及び遅延損害金の限度で認容した。なお、Xは、仮執行宣言の申立てをせず、第一審判決に仮執行宣言は付されなかった。X及びYは、いずれも第1審判決を不服として控訴した。

③ Xは、平成28年4月、売買代金債権を被保全債権として、Yの取引先百貨店Zに対する売買代金債権につき、Yを債務者とする仮差押命令の申立てをし、これに基づく債権仮差押命令が発令され、Zに送達された。

④ Yが仮差押命令において定められた仮差押解放金約1497万円を供託したため、仮差押命令の執行を取り消す旨の決定がされ、Zに対してその旨の通知がされた。

⑤ Yは、仮差押命令の取消しを求める保全異議の申立てをしたところ、同年7月、仮差押命令を保全の必要性がないとして取り消し、仮差押申立てを却下する旨の決定がされた。Xは、決定を不服として保全抗告をしたが、同年10月、保全抗告を棄却する旨の決定がされた。

⑥ Yは、Xからの売買代金請求事件において、Xに対し、仮差押申立てが違法であることを理由とする不法行為による損害賠償債権を自働債権とし、売買代金債権を受働債権として、対当額で相殺する旨の意思表示をした。

Yは、損害賠償債権に関して、仮差押申立てによりYの信用が毀損されたとして、仮差押申立ての後にYとZとの間で新たな取引が行われなくなったことにより喪失したYの得べかりし利益等の損害の発生を主張し、本件相殺を本訴請求についての抗弁とした。

⑦ Yは、複数の大手百貨店との間で取引を行っており、Zとの間でも、平成27年1月から平成28年4月までの間に7回にわたりZから発注を受けて商品を売却し、その売買代金総額は約5011万円であった。

原審(大阪高裁)

 次のとおり判断し、損害賠償債権の額を逸失利益等の損害合計1522万4244円とし、売買代金債権は相殺によりその一部が消滅したと認め、Xの本訴請求を一部認容しました。

① Xの仮差押申立ては、当初からその保全の必要性が存在しないため違法であり、Yに対する不法行為に当たる。

② 仮差押命令の発令当時、YとZとの取引期間は1年4箇月であり、Yにおけるその他の大手百貨店との取引状況等をも併せ考慮すると、Yは、仮差押申立てがされなければ、Zとの取引によって少なくとも3年分の利益を取得することができた。そして、仮差押命令の送達を受けたZが、Yの信用状況に疑問を抱くなどしてYとの間で新たな取引を行わないとの判断をすることは、十分に考えられ、Xはこのことについて予見可能であったから、仮差押申立てと本件逸失利益の損害との間には相当因果関係がある。

最高裁の判断

 最高裁は次のように述べて、仮差押えは違法だが、損害はないと判断しました。

「Yは、平成27年1月から平成28年4月までの1年4箇月間に7回にわたりZとの間で商品の売買取引を行ったものの、YとZとの間で商品の売買取引を継続的に行う旨の合意があったとはうかがわれないし、Yの主張によれば、上記の期間、ZのYに対する取引の打診は頻繁にされてはいたが、これらの打診のうち実際の取引に至ったものは7件にとどまり、4、5箇月にわたり取引が行われなかったこともあったというのであって、Yにおいて両者間の商品の売買取引が将来にわたって反復継続して行われるものと期待できるだけの事情があったということはできない。これらのことからすると、ZがYとの間で新たな取引を行うか否かは、Zの自由な意思に委ねられていたというべきであり、YとZとの間の取引期間等の原審が指摘する事情のみから直ちに、本件仮差押申立ての当時、Yがその後もZとの間で従前と同様の取引を行って利益を取得することを具体的に期待できたとはいえない。そして、金銭債権に対する仮差押命令及びその執行は、特段の事情がない限り、第三債務者が債務者との間で新たな取引を行うことを妨げるものではないし、本件仮差押命令の債務者であるYは、前記2(1)のとおりの売上高及び資産を有する会社であったところ、本件仮差押命令の執行は、本件仮差押命令が本件第三債務者に送達された日の5日後である平成28年4月28日には取り消され、その頃、Zに対してその旨の通知がされており、ZがYに新たな商品の発注を行わない理由として本件仮差押命令の執行を特に挙げていたという事情もうかがわれない。これらのことに照らせば、Zにおいて本件仮差押申立てによりYの信用がある程度毀損されたと考えたとしても、このことをもって本件仮差押申立てによって本件逸失利益の損害が生じたものと断ずることはできない。

 以上を総合すると、本件仮差押申立てと本件逸失利益の損害との間に相当因果関係があるということはできない。」

コメント

 本件では、仮差押えによるYの損害発生が否定されましたが、Xによる仮差押えは違法とされており、その理由は、Yに十分な資力があったことです。

 尚、XのYに対する売買代金請求事件の一審判決において、仮執行宣言が付されていれば、仮差押ではなく本差押ができたものであり、Yが仮執行宣言による執行から逃れるためには、保証金を供託して執行停止決定をもらう必要があり、そうすると、X仮差押をする必要がありませんでした。

 仮差押えを行うに際しては注意が必要です。

(弁護士 井上元)